| 1- || 10- || 20- || 30- || 40- || 50- | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70- |

連載60:チャーハンに換算すると



連載61:学校へ行く人に
もし音楽をやって人前に出ることがなかったら、僕は人についてあまり深く知ることがなかったんじゃないかと思います。

人について、と言ってるのは、実際に会う人についてだったり、人一般についてだったり、 自分についてだったりもするのですが……。

この前、頼まれて、卒業式のためのビデオレターというのをやってみました。 ビデオを撮れる友だちを朝早く叩き起こしてその家におしかけて、本当に迷惑な隣人だなあオレは、 と思いながらも、挑戦してみましたよ、卒業生へのコメントというものに。

それで、まず、学校の勉強にはどんな意味があるのだろう、と考えて、うん、これはやはりほとんど意味がないのだな、 と思ったのですよ。「カノッサの屈辱」とか、変な言葉を共有したり、世界地図をおぼろげながらに憶えてみたり、 「微分・積分」なんてパズルみたいなものをやってみたり、まあ一日フナでも釣ってるよりはいいかな、 という程度の、共通の話題づくり、というか、そうか、「人類共通の話題づくり」と思えば、ちょっとはやりがいがありますね。 「九・九」「ナポレオン」から始まって、「エンゲル係数高め」なんて将来誰かが言った時に調子を合わせるためというか、 そんな程度のものかもしれません。でもまあ、何かの基盤にはなる訳だから、好きな科目があればやればいいし、 嫌いな科目はまあ調子を合わせとくくらいで、冗談の基盤でも作っとけばいいんでしょう。

あとは、ゲームで高得点を取らないと気が済まない人がいるように、テストで点数を取る、 ということ自体に楽しみを見い出しても、それは別に罪ではありません。

「三角関数」なんてのは、将来専門職につけば、よく使ったりもするようですが、その場合には、 もう「三角関数」なんてことをあまり意識しない、もっとその根本が体でわかったもの、 血肉化したものになっているようで、学校で習うものは、「こそ-已然形」であれ、「pH(ペーハー)」あれ、 「反復横飛び」であれ、「ハ短調」であれ、その時点では、机上の空論です、まったく。

で、そんな将来のジョークの種を仕入れつつ、漠然と、自分はこれでいいのかな、 なんてことを考えながら学校へ行くのですが、実際一生残るのは、実は後者の方の、自分はこれでいいのかな、 という方で、これは死ぬまで残りますね、まず。「秦の始皇帝」なんて完全に頭から消えますが、学校時代に始まった、 「これでいいのか」は、だいぶ残るようで、飲み屋などで大声で暴れてみたり、「何か夢中になるものが欲しいの」 とか言って、突然日記をつけだしてみたり、いろいろな症状となって現れます。昔のような、足袋屋のおかみさんのような、 どっしりと安定した人というのは、今ではほとんどいなくって、みんなして、秘密と嘘をかかえてたりするようです、 現代では。何でだか知りませんが。

それで、「三角関数」がわからなくて自殺する人はいませんが、「自分はこれでいいのか」がわからなくて自殺する人はいる訳で、 「これでいいのか」はやはり学校の勉強より大事なことのようです。

そんな大事なことを教えてくれないのですから、学校なんて、あんまり大したところではありません。 教えてくれればいいのに。お前の人生はコレダ、とか言って。しかしそれは教えてくれず、 代わりに小林一茶の人生かなんか教えられて、はあスズメが、なんてみんなで憶えたりするのです。

しかし、当たり前ですが、お前の人生はコレダ、とか言って教えられても困ります。通知表の担任所見欄の、 「活発だが協調性がない」とか、「もっと元気に」とか、大きなお世話だ、と書き返したくなるものですし、 学校の先生自身が、帰りに飲み屋で、「オレはよー」とか言ってんですから、ほっとくことにしましょう。

それで結局ビデオレターでは、自分が好きなものを夢中になってやれば、それが自分のいい部分を伸ばして、 嫌な部分を削ってくれるものなんじゃないかと思います、なんて言って、勉強には大して意味がない、 先生には合わせなくてよい(大したもんじゃないから)、あと、好きな相手がいたら、卒業して10年もたって、 同窓会で会って、お互い実は好きだったとか言い出すと、大変なことになるので、今日のうちに言っておこう、 なんてことを言っておきましたが、あと一つ、少しはまともなことを言ったので、それを書いておくことにします。

それは「いじめ」についてです。いじめられている人、いじめている人、いろんな人がいると思いますが、 みんなの好きな、歌手や、俳優さんや、女優さんの仲にも、いじめられていた。という人は実はたくさんいます。 それで僕は思うのですが、いじめる、というのは、その人に、何か他の人にはない資質、つまり、すごくカワイイとか、 何か力が秘められているとか、その匂いがするからいじめるわけで、いじめられてる人は、おっ、オレ(あるいはワタシ)、 実は何かがあるのかも、と思ってほしいのです。あとは、いじめてる人は、逆ギレされて、ブッ殺されたりしないように。

そんな話をしました。


連載62:その日は雨だった
ではどうやって「580円の定食屋」を保護したらいいのか?今のままでは、リーヴァイスの古いジーンズと同じで、 無くなる一方なのです。若い人が、定食屋を始めるのは無理だとして、エロやカラオケに対抗しつつ、いかに?
戦争なんてのは全然反対ですが、この場合は、「徴兵制」みたいなシステムにしてみるか?18才になったら、 一年定食屋に徴用される。大学に行くなら、「定食屋免除」とか「定食屋拒否」。当局に追われる。

こんなのはムチャクチャですが、そうでもしないと人手が確保されないでしょう?働き手がなくて定食屋がなくなっていくのだから…。

それか、食ったら、次の人の食事を作って店を出る。これなら「笑っていいとも!」のテレホン・ショッキングみたいに循環する。

違うな…。

まあとにかく、何らかの公共機関が必要です。

郵便局や警察のように。交番のように、極めて安い値段でお腹いっぱいになる「定食所」があるためには、 まず人手の確保です。徴兵制がないとして、「定食リレー」もないとして…。

大学の単位にしてしまうってのはどうだろう。週2時間勤務で年に4単位。週4時間なら年に8単位。 それ以上働くと、単に「定食屋の人」になってしまうので、それ以上はダメ。

必修にしてしまって、1年の時は給仕、2年の時は調理、とすれば大学行った人は、 イワシは焼ける、タマゴは巻ける、ゴハンは盛れる、タラコは食える(失礼)、何の問題もありません。

そうすると、大学に行く人は年に100万はいるだろうから、物凄い労働力が確保されます。 国が経営するのでめっぽう安い。きんぴらなんて、「夢の二ケタ台」か。何が夢だか。

そうなると、所轄官庁もしっかりしないといけません。「食事庁」。都庁みたいに、 でっかいビルも建ててみたい。丹下健三さんのデザインで、かなりイルな建物を…。

食事庁長官。日本の食を守るのが使命か。でもタマゴ焼きは巻けない。でも口は出す。おしのびで視察。 いつもお腹いっぱい。「オッホン、ワシはもう食えんよ。」

だからどうした。

「長官、そう言わず」


連載63:注文はむずかしい
周りを探る、という行為は、食事家たちがみんなやる行為なので、早い時間に来た人が、 メニューにない特別な料理を頼んだりすると、しかもそれがその日のみんなの気分にぴったり合ってたりすると、 来る客が次から次からリレーのようにその料理を頼んで、もう、今日は大変なことになったよ、と思いながら、 コックさんは厨房でフライパンをふるいます。
ウエイターの人たちも、立ち仕事で大変なのは判りますが、たまに言葉が一本調子になっている人がいて、 「サラダの方は」「お肉の方は」「コーヒーの方は」「トイレの方は」「お会計の方は」、と、 これは全然責めるつもりはないんだけど、もっと言葉が豊かな方が、いい仕事になるのにな、 と思ったりします。でも、いざ自分がやれって言われたら、全然できない自信があります。

注文の仕方は、きっと普段の自分以上にはならないもの。失敗してしまっても、失敗なんか、 僕らは普段からしてるじゃないですか。


連載64:お大事に



連載65:その一言がわからない
携帯電話が普及している今日びの日本、電話をかけるのも、結構大変になってる気がしませんか? 全然そんな風に思ったことのない、電柱のようにたくましい意志を持った人は別ですが、普通の人は、 実は結構、気を使ったりするものだと思うのですよ。
すなわち、相手に、「私は今、あなたに電話をかけているが、あなたは、今、私のこの電話を受けては、 マズイ状況にいないか、私と話すのは、本当に気楽な、オーケーなことなのか?」というのをたずねる、 その一言が、どうも難しい。

そういうあらゆる状況、あらゆる精神状態に対応できる、前述の、「あなたはオーケーか?」をたずねる、 オールマイティーな一言はないのでしょうか?

「今、いい?」とかがまあ、わりと「もしもし?」に近い感じというか、意味がなくていいのですが、 そう考えると、携帯電話にかけてまず最初に知りたいのが、「あなたは今話せる状況か?」ということだというのは、 誰しも同じ状況なのだから、「もしもし」のような、意味を失った共通言語を、NTTあたりが開発して、 いちいち微妙なニュアンスが発生しないようにしてくれたらいいのに、とも思います。

例えば、「フジヤマ?」がその語だとすると、電話をかけた人の一声はかならず 「もしもし、○○です。フジヤマ?」となる訳で、何のニュアンスも発生しません。

あ、電話だ。

「はい、小沢です。…・ノー、フジヤマ・ノー。原稿書いてる。」

後でかけよう。


連載66:すっかりその気で
すっかりその気の極致というのは、へヴィメタのコンサートの客席で、見えないギターをかきむしってる、 あの男たちですね。あいつらはその気ですよ、相当。
もうちょっと一般的なレベルでは、みんな身に憶えがあるでしょう。今日はこのシャツ、この靴、この靴下か? 寝ぼけまなこのボンヤリ頭から、その日の、「その気づくり」がはじまるのです。

用意のいい友人が言うには、前の晩から次の日の、「その気」を計画しておいて、もう明日はこの靴で、 とか決めてるそうです。本人が言うには、「その気」になるまで平均2時間を要するらしく、 前の日から用意しておかないと、ダメだそうです。しかもそうしておくと、「寝つきがいい!」とのこと。

確かに、「その気」になるのを失敗した日は、少しなしくずし気味に進みます。ああ、このTシャツじゃなかった、 ああ、このTシャツじゃなかった、と思いつつ電車に乗ったりするのです。

しかし、そんな気分が開き直りを生んで、好結果に結びつくこともある…。

一方、「その気」を優先するあまり、実用性が忘れられてしまって、しまった、ということもありがちです。 このあいだ、よし、今日は、と思って、短パンでレコーディングスタジオに行ったのですが、 だいたいああいう所は冷房が、機械のためにきつくしてあるので、冷えてしまって、情けない状態になってしまった。 しかも、そんなことは前にもあって、既に何度か痛い目にあっていたのに…。痛い…。膝が…。


連載67:適当に
自慢じゃないが僕は燃費が悪い。どこかからもれてるのではないだろうか。スタジオでうどんを食べる。 鴨南蛮とかで、なんなら冷奴くらいもつける。が、2時間たつと、もう、次の食事を注文してしまう。 さっきいつ食ったっけ。まるでボケ老人のようだと自分でも思う。

水も飲む。ガブガブ飲む。気分がすっきりするのでガス入りの水をキンキンに冷やして飲むのだが、 ゴフッと一口で飲みほす時の状況は、ただただ「補給」の一言につきる。氷を入れたグラスにレモンの輪切りも入れてカラカラ……、 なんてノリは全然ない。しかもスタジオにいる時は、これが不思議なのだが、あまりトイレには行かないのだ。 あの水分は一体どこへ……。

しかし、2時間おきに腹が減り、無力感にさいなまれるほど水分を補給する、というのは、スタジオにいる時くらいで、 普段は、まあたぶん普通に4・5時間くらいで、何か食べようかなあ、と思ったり、水分も、ぜんぜん訳わかんなくなるほどにはとらない。 トイレもよく行く。

あとは、レコーディング状態に入ると、生肉とかを、よく食べたくなります。焼いた肉もしかり。 だから、もしかしたら血中ナントカのナントカなどは、えらく悪くなってるのかもしれないが、 バランス良く食べて、栄養がよく摂れているからいい仕事ができるかというと、もちろんそんな訳はなくて、 自分のコンディションをベストに持っていくために、コーラ3本を飲む、とかいうのは、プロならば当然するべき、だとも思います。

理屈で言われたり、測定されて計算されることなんて、大したことじゃありません。人間は、きっと体の中に大きな力を持っていて、 それを引き出す方法は、人それぞれや、その時によって、全く違うのじゃないかと思います。

たとえば、昨日友だちのカメラマンがうちに泊まっていて、みんなで騒いでいたらあっというまに朝になって、 早朝からの撮影だったその友だちは長椅子でうたた寝くらいで出かけたのですが、すごく撮影がハイでよかったとのこと。 本人そんなことを計算して夜更かししてた訳ではなく、ただ、まいったなあ、まきこまれた、と思っていたようですが、 睡眠不足で絶好調、というのはよくある話です。しかしその絶好調は実はまやかしで、後になって作品をよく見たら、 これ全然ダメじゃんよ、というのもよくある話ですが、後になってみて、なんでこんなスゴイことできたんだろう、 信じられないなあ、というのもまたよくある話なのだから、まあどうでもいいじゃありませんか。

よく、「頑張って」という言葉をききますが、「ガンバッテ」は、「ガ」は「我」に通じるような気がするし、 「頑」は「ガンコ」、それを「張る」、というのはどうも変な気がして、逆に力を阻害するような気がして、 ちょっと違和感があるので、「じゃあ頑張って」と言いがちな状況で、「じゃあ適当に」と言うのをしばらく押していたことがあって、 今も、結構言います。

「適当」というのは、なにしろ「適っていて」「当たっている」なのですからこれ以上のことはありません。 「いい加減」という言葉も僕は好きで、「いい」「加減」なのですから、これまた「適当」同様に、 すばらしい状態を示しているのではないか、と思ってます。

サッカー好きの人にはちょっといい話をひとつ。昨年のアトランタオリンピック直前に、サッカーの、 オリンピック日本代表壮行試合というのがあって、僕はそれを見に行って、当時オリンピック代表の中田英寿クンに試合後会って、 前述の理由で「頑張って」と言う気がなかったので、「中田クン、じゃあ、適当に。」と言ったら、 彼はすぐ判って、「うん、適当に」と笑って答えてくれました。その約一週間後、前園、川口、中田らオリンピック代表は、 ブラジル代表をアトランタで撃破。

日本でテレビを観ていたオレは当然、「そーか、オレのおかげだ」、とはまあ、思いませんが……。

ワールドカップ最終予選でも、ヒデこと中田クンや、他の心ある選手は、きっと「適当」で「いい加減」なプレーをしてくれるでしょう。 それは絶対、ダレたプレーというのから最高に遠い、「適っていて」「当たっている」で「いい」「加減」なパス等々だろうと思っています。

という訳で、「頑張って」もいいけれど、「適当に」もよろしく。

この原稿は、コーラ2杯、ペリエ1杯、ステーキ2枚で、お送りしました。(都内喫茶店より)


連載68:じっくり待ちなって
都会の時間と、山の時間と、部屋の中にいる時間と、お酒を飲んでる時間と、それぞれ、絶対に違うのだ。 グリニッチ天文台が何と言おうが、時計や時間は人それぞれのもの。


連載69:「指さえも」顛末
9月に発売するシングルは、「指さえも」といいます。変なタイトルでしょう。
自分でも、こんなスタイルの曲を書くとは思わなかった。 というか、こんなスタイルの詩を書くとは思いませんでしたね。

今年の前半、アメリカのカントリーミュージックなんかが好きでよく聴いてたら、カントリーって、 曲がだいたい同ンなじような感じがする分、歌詞にみんな命をかけているらしく、 良く出来たものが多いんですよ。

それで、気がついたんだけど、よくある歌詞のスタイルとして、@タイトルが変。 それだけでは何の歌かわからないタイトル。A意表をつく訳のわからない話から曲に突入。 Bとりあえずサビが来て盛り上がる。しかしこの時もタイトルとは関係なし。 Cサビで聞き手が盛り上がってうっかりしているところに、忘れかけていたタイトルの意味を明かすような一行を叩き込む。 というのが有るようなんですよ。まあたまたま、僕が好きな曲がそういうのが多いかも知れませんが。

それで、ふむ、これはオモシロイ、と思って「指さえも」を書いてみました。 なんか結構、洗練された歌詞のスタイルだな、と思って。


| 1- || 10- || 20- || 30- || 40- || 50- | 60 | 61 | 62 | 63 | 64 | 65 | 66 | 67 | 68 | 69 | 70- |